〈2.暗闇への道〉

さっきまでは夢のように楽しい場所だと思っていた茸の森。だけど数時間ものあいだ雑草をかき分け、苔に滑り、躓いて抱きついた茸に胞子を浴びせかけられたりしながら歩いていると、うんざりしてくる。

昔は美しく整えられた遊歩道だったはずの石畳の道は、茸に押し上げられ、苔に覆われ、柔らかい地面に飲み込まれそうだった。快適な散策をするための道が、かえって迷惑に思えてならない。

しかもその悪路に加えて、少し前から冷たい雨が降り始めていた。まだ霧雨だけど雨足は徐々に強くなってきており、森の隙間から垣間見える重く淀んだ空を見る限り、しばらく止む気配はないみたいだ。

厚くどんよりとした雲で太陽の方向が分からなくなってしまったので、私は諦めて雨宿りすることにした。なにしろここは茸の森。雨宿りする場所には事欠かない。

MushChair

3メートルくらいに伸びた手頃な茸の下に入り、ちょうど椅子の高さくらいの丸い茸に腰掛ける。そしてぼおっと茸を眺めていたけど、しばらくするとやっぱり飽きてくる。私は昨日見つけた手帳をポケットから引っ張り出して読み始めた。

予想はしていたんだけど、この手帳を書いた人は研究者のような立場だったらしい。定期的に集めた標本をまとめて別の所に送ったり、意見を求める手紙を書いたというような記述が出てくる。

そして更にページをめくっていった私は、乱雑な文章の中にこの不思議な世界の正体を明かしてくれそうな文を見つけた。

『ここリャナナーンに来てから半年が過ぎた。
『だが故郷ではまだ半日も過ぎていないだろう。なんとも不思議な気持ちだ。
『サリュカナに入ったというエドワードは元気だろうか。
『早く故郷が平穏になればよいが、こちら側で数百年、数千年を過ごしてもそれは叶わぬ夢かもしれない。
『時代は変わったのだ。
『我々魔法使の時代が訪れることは、もうないだろう』

リャナナーンとはこの世界の名前なんだろうか? サリュカナ? ここの他にも別の世界があるってこと? そしてこの手帳を書いた人物は魔法使だという。もう、なにがなんだかさっぱりだ。

気がつくと雨はすっかり上がっていて、頭上からは光が射している。とにかく今はこの森から抜け出す道を探さなきゃならない。私は茸から飛び降りて、再び石畳の道を歩き始めた。

雨に濡れて滑り易い道に気をつけながら、私は北に向かって歩いた。太陽はもう頭の上を通り過ぎ、西に傾き始めている。

そういえば、さっき読んだ手帳には、この世界での半年が現実の半日みたいなことが書かれていた。この世界に来てしまってから丸一日くらいだとして、私が暮らしていた世界ではどのくらいの時間が過ぎているんだろう。5分くらいかな?

うまくやれば、お父さんが帰ってきて私たち姉妹の行方を探し始める前に、この世界から抜け出せるかもしれない。

そうすれば、体のでっかさに似合わず心配性なお父さんを苦しめずに済むだろう。すごく汚れてしまった服に関する言い訳は考えないといけないけどね。

そんなことを考えながら黙々と歩いていた私は、遠くで何か音がしているのに気付いて立ち止まった。ひゅうううっという笛のような音が、私の進む方向から聞こえてくる。

危険な足元だけでなく怪しい音にも気を配りながら、私は慎重に道を進んだ。ただの風の音かもしれないけれど、ひょっとしたら見たこともない獣が鳴いているのかもしれない。

色々な悪い想像に脚を震わせながら森の奥へ奥へと歩いてゆくと、やがて道は緩やかな下りの階段に変わり、音は更に大きくなってくる。

そして、茸の合間に巨大な建造物が姿を現した。白い石で組み上げられた巨大な石の門。それは唐突に現れた岩壁にぽっかりと開いたトンネルの入口で、その深く暗い穴の底から不気味な冷たい風が吐き出されている。

これが鉱山なんだろうか? あまりにも深い闇と冷たさに、私は立ちすくんでしまった。他に道があるなら、間違いなくここだけは選びたくない感じ。でも今はここに入るしかないんだ。

私はぶるっと身震いしてから、暗いトンネルへと足を踏み出した。

Gate