思いがけない旅の果て。
行き着く場所、立ち去る場所。
何かを持って、何かを残して。

■第6話・終わりと始まり■

〈1.沼地の探検〉

待ち構えていたかのように佇んでいた空飛ぶバスに乗り込むと、私たちは真っすぐに先頭にある操作台へと向かった。人間ってどんなことにでも慣れてしまえるんだな、とちょっとだけ考える。

最初にこの世界に足を踏み入れたときには、あらゆるものが不思議で危険に思えてならなかったけれど、今では当たり前のように得体の知れない乗り物を操作しようとしているんだから。

私たちは背後で勝手に閉まるドアを気にもせずに操作台に近づき、レバーの前で立ち止まった。さてどうしたものか。

「クレアはどっちに回した?」
「右!」
私が回したのは左だったはずだ。ということは、やはりこのレバーはバスの向かう方向を決めるものらしい。

私は頭の中で、今まで通ってきた道筋とクレアに聞いた情景を組み合わせて、恐らくそう広くはない島だと思われるこの世界の地図を想像しようとしてみたけれど、すぐに無駄だと気づいてやめた。

だってバスが決められた道筋を巡回しているとしても、ここからどういう形でその道筋に合流するかが分からないのだから。

そこで私は前と同じように運に任せようと考えてポケットの中のキャンディに手を伸ばしかけたのだけれど、それより前にクレアがレバーの上にぽいっとキャンディを放り投げていた。

「前もこうやって決めたの?」
尋ねられた妹が力強く頷くのを見て、私たちってやっぱり姉妹なんだなぁと妙に納得してしまう。

私は左に転がったキャンディをクレアに返し、レバーを握るとぐいっと左に回した。ぶるん、と車体の下の方から響く唸りとともに、バスはゆっくりと底の見えない谷間から空へと上昇してゆく。

鋭い岩が突き出す岩壁ぎりぎりを抜けてゆく光景に私はかなりどきどきしていたけれど、クレアはそんなことなどちっともおかまいなしに、窓に張り付いて上を見たり下を覗き込んだり。大掛かりな遊具にでも乗っている気分らしい。

そうこうしているうちに荒い岩だけだった岩壁に植物が見え始め、バスは深い森の上へと飛び出していた。右手には先ほど通過してきた遺跡のような白い建物が見え、反対側には今までにも増して深い緑色の森が広がっている。

バスはその深い森の方向へと進路を取った。どうやら今のところ運命の女神さまは私たちの味方だ。

盛り上がる樹々の枝葉をかすめるようにしてバスは飛び、見知らぬ場所へと私たちを運んで行く。そんな中、私は森の奥に輝く光に気づいた。クレアもそれに気付いたらしく、窓ガラスにおでこを押し付けてじっと前を見ている。

それは森の奥、高い樹々の間から姿を現した。太陽の光を反射して輝くのは、森に囲まれた湖だ。あの本の世界に閉じ込められていた老人が語っていた湖に違いない。

バスは真っすぐに湖へと向かい、疎らになってきた樹々の間へと降下しはじめた。見下ろすと、湖の周囲は湿地のようになっているらしい。

水が溜まって鏡のように空と樹々を映す地面からは、巨大な珊瑚のようにも見える青や紫色の植物が伸び、生い茂る葦や睡蓮によって淡い色彩のモザイクのように見える。

ゆっくりと速度と高度を落としていたバスは、湖から少し離れた湿地の真ん中で停止した。ドアが開くと、石の支柱と木材で組まれた足場のようなものが見え、そこから細い橋のような道が湖の方向へと続いている。もうお馴染みになった、バスを呼び出す器械も備わっているみたいだ。

私たちは少しのあいだ相談した。このまま乗っていれば湖にあるというレスト転送機のある場所まで連れて行ってくれるかもしれない。だけどこの近くにそれがあるかもしれないということも考えて、私たちはバスを降りることに決めた。

沼地

ドアを閉じて翼を休めるバスをそのままに、私は鬱蒼と植物が茂る湿地を見渡した。奇怪な青い巨大植物や、内側が発光しているように見える羊歯など、でたらめな植物がみっしりと群生している様は、驚きを通り越して呆れるほどだ。

「ねぇ! おねいちゃん!! 見て見て!!」
急にクレアに呼びかけられ、何気なく振り返る。だが次の瞬間、私は今までに発した中でも最高の悲鳴を上げて尻餅をついてしまった。

なんとクレアが、自分の胴体ほどもありそうなでっかいカエルを抱きかかえて満面の笑みを浮かべていたのだ。意識がすぅーっ……と途切れそうになるのをなんとか堪えて、私はもつれる脚で立ち上がり後退りした。

「こっち来ないで! 早く放してぇ!!」
クレアは不思議そうな顔でしばらくカエルの頭を撫でていたけれど、カエル本人が嫌われているらしいことに気づいてくれたのか、彼女の腕の中から飛び出し、水の中へと飛び込んでいった。

別にカエルが嫌いってわけじゃないけど、あまりにもでっかすぎる。しかも今のカエルは真っ赤な胴体に青い手足といういかにも毒っぽい感じで、思い返しただけで背中がぞわっとした。

カエルよりは安全そうに見える沼地の水でクレアに手を洗わせながら、私は他にどんな生き物が隠れているか分からない湿地に、早くもうんざりしはじめていた。

カエル