〈3.道を探して〉

キャンディをポケットにねじ込んで立ち上がった私は、落ち着いてテントの中を見回した。

大丈夫。クレアだってここから抜け出す事が出来たんだ。私にだって出来るはず。

でももし、クレアが抜け出したんじゃなくって、砂の海に落ちてしまったのだとしたら? 嫌な考えを巡らせそうになって、私はぶるぶると頭を振った。そんなことあるはずが無い。

テントの中は殺風景で、あまり役に立ちそうな物は無かった。目立つ物といえば床に置かれている奇妙な錆び付いた箱だけ。その箱のてっぺんには同じく錆びた太いレバーが突き出していて、横には大きな回転ハンドルがついている。

observe

私はちょっと戸惑ってからレバーを握った。錆び付いていて動かないかもと心配したのだけれど、少し力を加えるとそれは微かに軋んだだけですんなりと倒れ始める。

かちっ。
レバーを左側いっぱいに倒すと、箱の中から微かな音が響いた。何の音だろう? まるで小さなプロペラが回転しているような鋭く風を切る音だ。

良く観察してみると、箱の後ろ側にある金網の張られた穴から細かい砂埃が吹き出しているみたい。でもこれは何の機械なんだろう。私は少しいらいらしながら金網の隙間から箱の中を覗き込もうとした。

と、次の瞬間、突然頭の上でぶるんと何かが唸るような音が響いて、私はあまりの驚きに尻餅をついてしまった。慌てて見上げると、テントを支える鉄骨の頂上にぴかぴか金色に光る発動機のようなものが取り付けられていて、突然の唸りはそれが発したものなんだと分かる。

発動機の中からは自転車のチェーンのようなものが飛び出していて、それが外側にある歯車をゆっくりと回転させていた。

そしてその歯車は釣り竿のリールみたいなものにつながっていて、発動機から鉄骨を伝って、テントの入り口から砂の海へと延びている二本のワイヤーを巻き取っているみたいだ。

私は尻餅をついてしまった悔しさも忘れて急いで立ち上がると、テントの足場を囲む柵から乗り出すようにしてワイヤーの延びる先を覗き込んだ。何かが引き上げられるんだろうか? それともまた別の仕掛けにつながっているんだろうか?

ひょっとしたらすごく危険なものが現れるかもしれないけれど、好奇心で目が離せない。やがて砂がぼこっと盛り上がり、何かが引き上げられた。

これは多分、橋? 私が立っている土台の端を支点にして跳ね橋のように持ち上げられたそれは、地平線を真っすぐに指して止まった。そして裏側に折り畳まれていたものがくるりと回転して橋の左右を囲み、手摺を作り上げる。

多分じゃなくて、これは橋だ。橋というより桟橋かもしれない。ぼーっと見つめていると突然寄りかかっていた柵がするりと左に回転して、私は目の前に現れた桟橋の上に投げ出されそうになってしまった。まったくなんて不親切な所なんだろう!

手摺につかまってなんとか転ばずにすんだ私は、ゆっくりと桟橋の上に踏み出した。こんな砂漠の真ん中に桟橋。これにどんな意味があるっていうんだろう。船でもやってくるっていうんだろうか?

ふと手摺の先端に目をやると、何かが熱い日差しに輝いている。眩しさに目を細めながら近寄ってみると、それはてっぺんに青いガラスがはめ込まれた金属の玉だった。きらきらと光るその美しさに私は引き寄せられるようにして近づき、ガラスに触れてみた。

すると青いガラスは内側から青白く光り始め、私はびくっとして手を引っ込めた。さっきからびっくりさせられっぱなしだ。今度は何が起こるっていうんだろう?

でも今度は目立ったことは起きなかった。何が起こっても今度こそびっくりしないように身構えていた私は、ほっとして地平線の彼方に視線を彷徨わせた。

果てしなく続く砂の海。目を閉じて耳を澄ませば、さらさらと砂丘から流れ落ちる砂の音が聞こえ、時折揺れて軋むテントの骨組みの音がリズムを刻む。

しかしそのハーモニーを乱す音が近づいてきて、私は目を開いた。ぴりぴりと空気を震わせる、音であって音でない響きがどんどん強く大きくなってくる。そして、視線の遥か先からその音の主が姿を現した。

最初小さな黒い点にしか見えなかったそれは、ぐんぐん近付いてきて、やがて私はそれが大きな灰色の箱のようなものだと分かった。その箱がもの凄い速さでこちらに向かって飛んできているんだ!

そう気づいた瞬間、私はもう驚くまいとしていたのも忘れてテントの中に逃げ込んでいた。でもすぐにそんな必要なんて無いことが分かった。

テントの直前でその箱は急減速し、ゆっくり滑るようにこちらに近寄ってきて桟橋の前でくるりと回転すると、側面にある戸口のような部分を、がちゃりと桟橋の先端に接続したのだ。

灰色の長細い箱。左右の側面に並ぶたくさんの窓と乗降口。これはバスだ。とても信じられないけれど。 あまりのことに唖然としている私の目の前でそのバスは乗降口のドアを開き、畳まれていた階段が倒れ出てきた。

クレアはこれに乗ったんだろうか? だとしたらすごい勇気だ。少しだけ妹を見直しながら、私は勇気を振り絞ってバスへと踏み出した。

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