〈5.樹上の小屋〉

緩やかに速度を落とし始めたバスは、奇妙で巨大な茸の上に建つ、これまた奇妙な小屋へと近づいていた。

それにしても不可思議な建物だ。小さな広場ほどもある円盤みたいな土台の上を大きな傘のような屋根がすっぽりと覆っていて、その土台の中央に高床式の丸い小屋が建てられている。

とはいっても土台を覆っている屋根は小屋から延びているので、どこまでが小屋でどこまでが土台になるのかはよく分からない。

そしていちばん不思議なのは、その小屋が不安定な枝の上できっちり水平に建っているということ。目を凝らして観察してみたのだけれど、土台の下には支柱とかは見当たらなくって、ただ三本の巨大なナイフのような板が空中へと延びているだけなのだから。

頭を悩ませているうちにバスは更に速度を落とし、小屋の土台にすり寄るようにして停車してドアを開いた。車内に折り畳まれていた階段が勢いよく飛び出し、がしゃんっと小屋への橋を架ける。

ドアが1センチも開かないうちから待ち切れなくて待ち構えていた私は、階段が下りるとすぐにぽんっと外に飛び出した。

バスから降りてみると、小屋の土台はドーナツ型をしているのが分かった。そのドーナツの穴の部分の真上に一段高い床があり、目の前にある螺旋階段を上るとそこに建つ小屋に入れるようだ。

ひょっとしたらあの小屋の中にクレアがいるかもしれない。もっと小屋の周りを探険してみたかったのだけれど、私は迷子の妹を思い出して真っすぐに階段へと向かった。

錆び付いた金属の板を踏み抜かないように、慎重に階段を上っていく。ふと何か物音が聞こえたような気がして振り返ってみると、断りもなくバスが階段をしまい込んでドアを閉じ、勝手に何処かへ飛んでいってしまうのが見えた。

何か待っていてもらえる方法があったのかもしれないけれど、もうどうしようもない。私は身勝手なバスにちょっとだけ腹を立てながら階段を上り切り、小屋の前に立った。

遠目に見たときは綺麗に見えた小屋だったけど、目の前に立って見てみると長年に渡る自然の攻撃に晒されてきたことがひと目で分かった。

小屋の壁と扉の表面は、ふわふわの苔とオレンジ色をした得体の知れないゼリー状のものにびっしりと覆われ、動物の角で出来たドアノブも、それらに押し上げられて変な角度で突き出している。

とても開きそうにない、とひと目見て感じた。でも試しに曲がったドアノブをつかんで引いてみると、意外なことに扉は音もなく滑らかに開いてくれた。

外から見ると完全な廃屋にしか見えなかった怪しげな小屋。だけれど外からの燐光にうっすらと照らされた室内は外見とは違ってそこそこ綺麗なようだ。

ひょっとしたら誰か、いや、何かの住まいなのかもしれないが今はその姿はない。期待したクレアの姿も見当たらなかった。

私は小屋の中を調べるために、取り敢えず明かりを探した。森の中は茸の胞子が放つ光でかなり明るかったけれど、この小屋の中は大きく張り出した屋根のせいでほとんど光が入ってこない。ひとつだけ開かれた窓と、天井にふたつある切れ目のような天窓以外には光が差し込む場所がないのだ。

注意深く摺り足で移動しながら、ランプかロウソクがないかとうろついているうちに、壁についた手に何かが当たった。たぶんなにかのスイッチだ。 私はその小さなレバー型のスイッチを慎重に倒してみた。

その瞬間、部屋の天井から吊るされていた電灯にぼんやりと明かりが灯った。最初は蛍の光のようにうっすらと、そしてどんどん光は強くなり、やがて部屋全体が照らし出される。

中央に鉄のストーブが置かれた狭い部屋。家具はあまり多くなくて、背の低いベッドとねじくれた枝を組み合わせて作ったような椅子、物入れがひとつにいくつかの大きな壷が置いてあるくらいだ。

この中に、私とクレアが迷い込んだこの不思議な世界についての手がかりがあるかもしれない。私は注意深く部屋の中を調べ始めた。

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