〈6.手帳の記述〉
外見の荒れ具合とは裏腹に、小屋の中はとても綺麗で清潔に見え、今すぐにでもここに住む住人が帰ってきそうだった。
でも冷えきったストーブの上に置かれたやかんの取っ手は錆びて落ち、窓辺に置かれた鳥籠は開け放たれて歌う鳥の姿もなく、床には鍋のふたがひとつ寂しく転がっている。
この小屋から住人が消えてから、どれほどの時が流れていったんだろう。私は聖堂に入ったときみたいに神妙な気持ちになりながら、小屋の中にある様々な物を見て回った。
ベッドに立てかけられた見た事もない大きな弦楽器や、壁に貼付けられた様々な植物のスケッチ。壁をくりぬいたような棚には乾涸びたなにかが入った試験管やフラスコがたくさん並べられている。
恐らく水や穀物を入れていたと思われる大きな壷には今はもう何も入っておらず、開け放たれた物入れも空っぽだった。
どうやらここには役に立ちそうな物はないみたいだ。唯一使えそうなのは、スケッチが貼付けられているのと反対の壁に吊り下げられた、一着の黒いコートだけ。
私は動物の骨で作られたハンガーに掛けられたそのコートを手に取った。バスに乗り込んだあの砂漠の暑さはここにはなく、冷たい湿気で寒いほどだ。
ドアの外で長年降り積もった埃や正体不明の汚れを振り払ってから、袖を通す。少し硬くなっていて、おまけに手首が出ないほどにだぶだぶだったけど、着られないほどじゃない。
これさえあれば、ちょっとくらい寒くても耐えられそうだ。そしてコートのポケットに手を入れてみると、そこにはもっと役に立つ品物が入っていた。
それは革のカバーで覆われた一冊の小さな手帳で、開いてみると、どうやらこの小屋に住んでいた人物が使っていたもののようだ。この森で発見した珍しい植物や茸、自然現象などが簡単に書き留められていて、雑だけれど上手なスケッチもたくさん描かれている。
少しカビ臭いベッドに腰を下ろして、私はその手帳を読み始めた。お父さんが遺跡の調査をするときに書いていたメモを思い出す。
でもこの手帳には、学術的なメモ以外にもたくさんの日常の出来事が記されていた。特に食生活についてのこだわりがすごくて、この森では食べる物がほとんど茸だけだという嘆きと同時に、その限定された食材をいかに美味しく食べるかという探求の連続に私は思わず吹き出してしまった。
こういうこだわりって本人にとってはすごく大事な事なんだろうけれど、端から見るととっても可笑しい。そうやって楽しみながら読んでいくと、気になる文章があった。
『飛行器を呼び出す機械が壊れていることに気づいた。
『私は機械については無知同然なので、直せる者を呼んでこなければならない。
『北の鉱山にあるあれがまだ使えれば良いのだが』
飛行器というのは、たぶんあのバスのことだろう。それを呼び出す機械が壊れてしまったと、ここには書いてある。直してあるのだろうか?
私は手帳をめくってそれに関する記述を見つけようとしたけれど、その後に壊れた機械に関する事は書かれていないようだった。とても不安になってくる。
バスを呼び出す機械が壊れたままだとしたら、ここから移動する手段は全く当てにならない<北の鉱山にあるあれ>しかないってことになる。
あれというのが何なのかは分からないけれど、この手帳が書かれた時点で使えるかどうかを心配しているくらいだから、今はどうなっているのか分かったもんじゃない。
心配事はたくさんある。でも今はどうしようもない。全ては明日、夜が明けてから考えることにしよう。不安を紛らわすため、そしてこの世界の謎を少しでも探り出すために、私は再び手帳に集中した。