〈6.崖の停留所〉

私を乗せた箱は、クレアとの偶然の、そして一瞬の再会を果たした通路に沿って崖の底へと下降していった。このまま通路の終点まで行けば、通路に入ってクレアと合流することが出来るかもしれない。

だけどその考えはすごく楽観的で、私はすぐに自分の考えの浅さを思い知らされた。クレアが気になって後ろばかり見ていた私がふと振り返ると、今まで続いていた通路が突然現れたトンネルの奥へと消えようとしていたのだ。

すっかり動転している間にトンネルの入口はどんどん近づいてきて、ごおっという風の唸りとともに私の視界から通路は消え去ってしまう。

せっかく探し続けた妹に出会えて、もう少しで抱きしめられると思っていた私はあまりの不幸に目の前が暗くなるような気がして呆然としてしまった。

クレアに出会ったときに無理にでも通路に飛び移れば良かったと後悔したけれど、今さらそんなことを悔やんでも仕方が無いってことは分かっている。

私は不安でまた泣きそうになりながらも、なにかクレアが向かう先の手がかりはないかと辺りを観察した。すると、通路がトンネルの中へと消えた辺りの岩壁に、等間隔に窓のような穴が開いているのが見える。

多分あれはトンネルに設けられた明かり取りのための窓だ。そう考えた私はその窓を見失わないように辿りつつ、それが何処に続いているのか確かめようと目を細めた。

砂の海から舞い上がる砂埃がだいぶ多くなってきて、視界はどんどん悪くなってくる。 だけどぼんやりと見える崖の上の方に、私は建物のようなものを見つけることができた。

細かいところまでは見えないけれど、崖にへばりつくようにして建てられたその建物にはたくさんの窓や緑が茂るテラスがあるようにも見える。

私は少し安心した。少なくともクレアが向かう先は、自分が向かっている崖の底よりは安全で、清潔で、楽しそうに感じたからだ。

そんなわけで、私は心配する気持ちを自分のほうへと切り替えることにした。見下ろせば既に砂の海は手が届きそうなほど真下に迫っていて、ときどき大きな波が押し寄せてくると、箱の底にざらああっっと砂粒が当たってくる。

このまま砂の海に突っ込んじゃうってことはないよね? とそのとき、砂が当たる音がするたびにびくっとして身をすくませてどきどきしていた私は、行く手に建物のような影が見えてきたのに気づいて身を乗り出した。

その建物は崖から少し離れた砂の海の上に建っていて、無理に例えるならとっても小さな汽車の停車場のように見える。

白い柱と色あせたオレンジ色の瓦の屋根がとても素敵な印象を与えていて、ちょっとこのような荒涼とした場所には似つかわしくない感じだ。

箱はその建物の屋根の下へと滑り込み、ゆっくりと停止した。終点に据えられた石塔に取り付けられている、ねじ回しのような棒が箱の先端にがちゃりと接続され、私を乗せたままゆっくりと回し始め……えっ!

私は驚いて箱のフレームにしがみついた。その間にも箱はどんどん回転させられてしまい、箱といっしょに両足をねじ曲げられそうになった私は、急いで停車場の上に飛び降りた。

わけが分からず見守る私の目の前で、箱は完全に裏返しになり、さらに半回転して元の位置に戻されたかと思うと、今下ってきたばかりのレールを登って帰っていってしまう。

箱が立ち去ってしまったあとには、ぽっかりと暗闇が口を開いている。そこに近付いて怖々と覗き込んでみると、あの鉱山で見た紫色の水晶が山積みになっているのが見えた。

あの箱は、鉱山で採掘した鉱石を運ぶトロッコのようなものだったんだろう。どうりで乗り心地が悪いはずだ。

私は穴から離れ、建物の中を見回した。建物とはいっても壁はないので、<あずまや>と言ったほうがいいかもしれない。

鉱石の搬入を見守る人のためか、片隅には古びてはいたけれど座り心地の良さそうな大きな椅子が置かれていた。

その足元には砂が入り込んだ空き瓶や、錆びたピューターのカップなどが落ちていて、微かに生活の匂いを感じさせる。

ちょっとだけ疲れを感じた私は、壊れやしないかと心配しながら椅子に腰掛けた。幸い長い年月砂に晒されてきたはずのそれはずいぶんとしっかりしていて、私は安心して深く腰掛け直し、足をぶらぶらさせながら建物の周りを見渡した。

信じられないくらい荒涼とした土地。砂の海と、それと同じ色をした断崖だけで形作られた世界。

そんな味気ない場所の中に、天国への道のように輝く白い石材の階段が見えた。その階段は崖に沿って上へと続いていて、どうやらそれがここから抜け出す唯一の道らしい。

せっかく苦労して、いろいろと怖い目にも遭いながら降りてきた崖を、たいした収穫もないまま自分の脚で登らなければならないことを考えると少しうんざりしたが、仕方が無い。

私はしばらく砂の音を聞きながらぼーっとしていたが「よしっ」と自分を励ますように呟いてから階段へと歩き始めた。

あずまや