天を貫く大樹。
地を埋め尽くす羊歯の絨毯。
果て無き樹海。
緑の魔境。
道に惑わされ、人に惑わされ、
自分にさえも惑わされ。
■第4話・樹海■
〈1.灯台守の夜〉
砂の波が足元に打ち寄せ、吹き上げられた砂粒がびしびしとコートの裾を叩く。積もった砂で何度も足を滑らせそうになりながら、私は狭い石造りの階段を登っていった。
たぶん昔は綺麗に整備された階段だったのだろう。だけど今は絶え間なく吹き付ける砂で削られていて、いつ崩れ落ちても不思議じゃないように見える。実際、転落を防ぐための手摺は崩れ落ちてしまっていて、ほとんど形を留めてはいない。
私は崖に擦り寄るようにしつつ、一段一段崩れないかどうか確かめて足を進めた。こんな調子じゃ登り切るまで何時間かかるか分かったものじゃない。
しかも地平線に目をやると大陽は大分傾いていて、更に不安を大きくした。こんなところで夜になってしまったら、絶対に生きては帰れないような気がする。幸い鉱山で見つけたランプをまだ持ってはいたけれど、安心は出来なかった。
不安と緊張で汗をかいてきて重いコートを脱ぎ捨てたくなったが、果てしない砂を見ていると、お父さんが砂漠で遭難してしまったときの話を思い出してしまってそれは止めた。
暑い砂漠で薄着でいると、体の水分はどんどん奪われてしまい、おまけに直に日差しを受けると余計に体力を消耗してしまう。
次にいつ水を飲めるか分からない今は、遭難しているのとまったく同じだ。お父さんは放浪の末に砂漠を渡る隊商に救われたらしいけれど、ここではそんな助けなんて期待できそうもなく、自分の力だけでなんとかしなくちゃならない。
そんなことを考えながら小一時間ほど登っただろうか。ふと足元から目を離して階段の先を眺めた私は、崖から突き出した建物のようなものを見つけてほっと息をついた。
あそこまで登ればひと休みできそう。水があるとは思えないけれど、日影に入って座れるだけで充分だった。
私は出来るかぎり急いで階段を登っていった。近づいてみるとその建物は崖に半分埋まった丸い塔のような形で、どうやら二階建てのようだ。階段はその建物の入口へと私を導き、薄暗い戸口の中に入らせる。
外からの印象だとかなり狭いのではと感じていたのだけれど、入ってみると思っていたよりずっと広い。
地平線の方向には大きな窓がたくさんあり、そこから差し込む光に照らされた床の上には、テーブルや質素なソファーなどが並べられていた。部屋の奥には破れかけたカーテン越しに小部屋が見え、ベッドも置かれているようだ。
いかにも誰かが住んでいそうに見えるけれど、キノコの森で泊まったあの建物とは違って、運べる家財道具は全て持ち出されている。
とにかく脚がガクガクで一刻も早く座りたかった私は、部屋の中を調べるのは後回しにして一直線に窓辺に置かれたソファーに直行した。
継ぎ接ぎだらけで硬く、しかも腰を下ろすと溜まりに溜まった小麦粉のように細かい砂埃が舞い上がったけれど、贅沢は言っていられない。こんなところにソファーがあるってだけで奇跡みたいな出来事なんだから。
私はソファーに深く腰掛け、大きな素焼きの壷の上に革を張った、太鼓のようなテーブルの上に両脚を置いてくつろいだ。
死んだお母さんにこんなところを見られたら絶対にぶたれるだろうけれど……ごめんお母さん。今だけは勘弁してくれるよね?
ゆったりとした気分で建物の中を見回してみると、ここがとても変わった作りをしているのが分かった。
外から見たときは二階建てに見えたけれど、実際には二階部分には床がなく吹き抜けになっていて、窓辺の螺旋階段を上った先には丸いガラス窓がついた円筒型の謎の機械が天井から吊り下げられている。
もっとゆっくり脚を休めたかったけれど、暗くなる前に調べられるものは調べておこうと考えた私は、心地よいソファーから離れて螺旋階段を上った。
でも階段を上って近づいてみても、私にはその機械が何のための物なのか理解できなかった。狭い足場に注意しながら二つあるガラス窓から覗き込んでみたりもしたが、ひと抱えほどもある紫色の水晶が中に入っているのが分かっただけ。
この水晶もあの鉱山で見た光を放つ水晶と同じ物なんだろうか。だとしたらこの機械は何かを照らす投光器だとも考えられるけれど、こんなところに照らすべき物なんてない。
私は再び一階に下りて、まだ調べていないベッドへと向かった。機械を調べているうちに外はどんどん暗くなってきていて、振り返ると窓越しに真っ赤な夕陽が地平線に触れ合おうとしているのが見える。
と、そのとき、あれだけ調べても分からなかった二階の機械の正体が明かされた。
太陽が地平線に触れたその瞬間、下から突き上げるような振動が響き、続いて円筒型の機械がゆっくりと回転を始める。そしてその中に収められた紫の水晶が、眩い光を地平線の先に向かって投げかけ始めたのだ。
私は、はっとして建物の外に出てみた。崖の中腹に建てられた建物。その二階の窓から、美しく力強い紫色の光が回転しながら溢れ出している。
「灯台だ」
ここは、砂の海を行く誰かを導くための灯台だったんだ。
私はぼおっと紫色の光を見つめた。ひょっとしたら昔、この砂の海を渡るたくさんの船があったのかもしれない。楽しげな旅行客や、紫色の水晶を積んだ貨物船。道の土地を目指す探検隊と、その前に立ち塞がる海賊船。
快適なソファに戻ってそんな夢のような妄想に胸を膨らませているうちに、夜は更けていった。