〈3.怪魚の彫像〉

日誌を開いていくと、この建物の用途が分かってきた。どうやらここは島の中央にある湖から水を運び、それを動力に変える施設らしい。

具体的にどうやったら水が動力になるのかは分からなかったけれど、この施設が動かなくなったことが、住民たちの移住を決定したのは間違いないみたいだ。

そして日誌の最後の方には<裂け目>と書かれている崖を渡る橋への道についても記されていた。この建物の地下へと通じる昇降機を使って動力室に入れば、崖の中腹にある橋に抜けられるということだった。

問題はその昇降機の動かし方。昇降機は建物の一階部分にあるらしいのだけれど、私たちが通ったときにはそんなものなんて無かった。ということは、何か仕掛けを動かして昇降機を呼び出すことになるんだろうけど、肝心の仕掛けについては何も書かれていない。

「ねぇおねいちゃん。さっきのひとが言ってた絵ってあれかな?」
「ん?」
妹の言葉に私は顔を上げて彼女が指差す先を見た。

そういえばあの器械に映し出された男性は<赤い革表紙の手帳と壁の絵>が役に立つと言っていた。きっとあの絵に、何か秘密が隠されているに違いない。

私たちは壁に掛けられた一枚の絵を眺めた。渦巻きのような水の流れを中心にして、4匹の不気味な怪魚が描かれているグロテスクな絵だ。そしてその絵の下の方には、詩のような一行の文章が書き込まれていた。

『紅玉と藍玉のレヴィアタンが背を向け、琥珀のレヴィアタンが顔を右に背けても、翡翠のレヴィアタンだけは渦から目を離すことはない。終末が訪れるそのときまでは』

さっぱり意味が分からない。私は絵を見つめたまま固まってしまった。文章が示すように絵の中の渦からは赤と青の怪魚が逃げ出し、黄色い怪魚は横を向き、そして緑色の怪魚だけが渦の中心を覗き込むような感じで描かれているんだけど、それが何を示しているのか全く分からないのだ。

とにかくバカみたいに絵を見ていても仕方が無いので、私とクレアはまだそれほど調べていない部屋の中央の器械に目を向けた。

男性が映し出された球体に目を奪われていて気にしていなかったんだけど、この器械にも埃で汚れた丸い窓のようなものや、その下の二つのスイッチ、そして何かの計器のような扇型の小窓が取り付けられている。

私はちょっと迷ったあとで、左右に並んだ二つのスイッチから右側を選んで押してみたが、スイッチはびくともしない。ひょっとしたらと思ってスイッチをつまんで回してみると、パチンという音とともにスイッチは4分の1ほど回転した。

その瞬間いままで部屋をうっすらと反射しているだけだった丸い窓に光が灯り、ぼんやりと何かが見えてきた。柱の上に載せられた不気味な魚のような像。ひょっとしたらこれは……。

彫像

「これって外にあったやつだよね?」
クレアの言う通り、映し出されたのは建物の外に立てられていた柱だ。そして私の頭の中で壁の絵と文章、そして柱の上の彫像がまっすぐに繋がった。

たぶんあの絵と文はこの彫像のことを意味しているんだ。だとしたら文の通りに彫像を動かす事が出来れば、何かが起きるのかもしれない。

私はもう一度右のスイッチを回してみた。窓の中で彫像がすっと横に逃げ、別の彫像が映し出される。試しに左のスイッチを回してみると、真っすぐにこちらを向いていた彫像がゆっくりと回転し、左を向いた。

横を向かせてみて分かったんだけど、彫像の背びれのような部分は赤く塗られていた。別の彫像も同じように確かめてみると、それぞれの背びれの色は赤、青、黄、緑。あの絵と同じだ。

もう迷うことはない。絵と同じように赤と青の背びれをもつ彫像に後ろを向かせ、黄色は右を向かせる。そして最後に緑色の背びれをもつ彫像をこちらに向かせると、一瞬の沈黙のあとで部屋の下のほうからドスンと突き上げるような振動が響いてきた。

急いで部屋を出て螺旋階段と部屋とを繋ぐ通路から下を覗き込むと、さっきは何も無かった広いホールの中央に、四角い箱のようなものが現れているのが見えた。その箱の中から漏れる青白い光が、周囲の床を照らしている。

私たちは気持ちは急いで、だけど階段が狭く危険なので身体は慎重に下へと降り、その箱に歩み寄った。それは美しい装飾が施された高さ2メートルほどのガラス張りの箱で、まるで石畳の床から生えてきたかのように、唐突に現れていた。

ゆっくりと近づくと、その箱の正面部分がシャラシャラと音を立てて上に開き、私たちを自らの中へと誘う。

地下に降りるというのはそれだけでちょっとした冒険みたいなものだ。しかもここは何処かも分からない不思議な世界。

私たちはぎゅっと手をつないで箱の中に足を踏み入れ、押してくださいと言わんばかりにぼんやりと青く光るスイッチに触れた。

ふっ、と天井の電灯が瞬く。と同時に扉が閉ざされ、昇降機は私たちを乗せて、静かに地下へと沈み始めた。

昇降機