〈4.水中の庭園〉

時折照明をちかちかとさせて私たち姉妹の不安をかき立てながら、昇降機はゆっくりと地下深くへ下降してゆく。周りには闇だけで、形を成すものは何も見えない。

と、次の瞬間、不意に天井の照明が消えてしまった。私は思わず悲鳴を上げ、隣の妹と抱き合った。胸に妹のほっぺたの丸みを感じてはいたけれど、近くにあるはずのその顔は輪郭さえも見えず、ただ温もりだけが伝わってくる。

とてつもない不安が襲いかかってきた。腰に食い込む指の感触から、クレアも恐怖に怯えているのが分かる。でもその恐怖は、数秒後に視界に飛び込んできた光景によって消え去った。

今まで完全な闇だった昇降機の外に、ぽつぽつと白い光が見え始め、その光は徐々に強さを増してゆく。やがて周囲が揺らめく光で覆い尽くされると、信じられないような光景が目の前に広がっていたのだ。

そこは、どこからとも無く差し込む光に照らされた地底の水槽だった。海底に沈み、忘れ去られた遺跡のような壁や柱などの上に、色鮮やかな珊瑚や海草が密生し、その間を見たことも無い形の魚たちがゆったりと泳いでいる。

私たちは不安もすっかり忘れて、下降する昇降機を掠めるようにして通り過ぎてゆく魚たちに夢中になった。

それらの中には信じられないくらいでっかいものや、あり得ないくらい不気味なものもいたけれど、現実感が無い光に照らされたそれらは、怖いというよりも美しい。

ガラスに額を押し付けて目の前に広がる光景に釘付けになっているうちに、いつの間にか昇降機は停止していた。背後で扉がひらく音にはっと気付いて振り返ると、そこには更に驚くべき道が続いていた。

水族館

昇降機の外には全面ガラス張りになった円筒形の通路が続いており、狭い昇降機から一歩踏み出すと、まるで海の中にいるみたいな気分。

白いお腹を見せながら頭の上を通り過ぎる美しい魚や、突き出た瞳で私たちを下から睨む怪魚。十数メートルはあろうかという巨大な海草が滑らかなダンスを踊り、単調な光に変化を与えて珊瑚を照らす。

信じられないような妖しく美しい景色を目の前にした私たちは、言葉も出ずにただ眺めることしか出来なかった。

許されるならずっと、せめて今日一日だけでもここに留まって、魚たちを眺めてのんびりと過ごしたかったが、そうぐずぐずもしていられない。

私は口を開けてガラスの外を見つめている妹の手を引いて、通路の奥へと歩き出した。この世界が終わりのときを迎えたら、この美しい場所も消えてしまうんだろうか。

だとしたらそれはとても残念で、破滅の原因を作ってしまったベクヘスという人物を許せない気持ちが湧き上がってきた。

でも本当のところ、ベクヘスという人が何のために何をしたのかはまったくの謎だ。破滅を生み出すということは単純に考えると悪いこと、罰せられて当然という気がするのだけれど、彼がどういう理由を持ってそんな罪を犯したのかを知るまでは、悪人と決めつけてしまうことは出来ない。

感激と怒り、迷いが混じりあった複雑な心境で歩いてゆくと、やがて周囲の水槽が徐々に狭まってきて、通路は水中から岩盤の中へと続いている。先の方には外界のものらしい暖かみのある光が見え、この素晴らしい水中散歩はもう終わりだよ、と語りかけてきていた。

名残惜しい気持ちで少しだけ振り返り、二人でもう一度地下の水中庭園を眺めてから、私たちは外へと続く通路に脚を向け、先を急いだ。